コラム:L'argent 『ラルジャン』

Submitted by bridget.leung@… on Tue, 07/20/2021 - 07:34
L'argent 『ラルジャン』

 1983年のロベール・ブレッソン監督作品。画家を目指していたブレッソンだが、毎晩映画館に通っているうちに映画製作に興味を持つようになり1934年に短編喜劇『公共問題』を撮る。修道女の物語である『罪の天使たち(1943)』で長編監督デビューする。長編第三作『田舎司祭の日記(1951)』や第四作『抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より(1956)』から職業俳優や映画音楽を使わず、直接的な感情表現を排し、最小限の台詞と動きで表現する独自の映画理論を構築し、自らの映画をシネマトグラフと呼んだ。

『ラルジャン』はブレッソンの50年ほどの活動期間における最後の作品である。長編13本と寡作ではありながら、妥協を許さぬ厳格さと徹底的な簡潔さを目指す映画作りは今でも多くの映画人に影響を与え続けている。この映画の原作はロシアの文豪トルストイの『偽の利札』だが原作が前半と後半の2部作であるのに対して、映画『ラルジャン』はほとんど前半のみを使っており、舞台も19世紀のロシアから現代のパリに移している。これと同じようなことをブレッソンはすでにドストエフスキー原作の『やさしい女(1969)』と『白夜(1972)』で行っている。

 

Largent_TV5MONDEapac_1

 

Largent_TV5MONDEapac_2

 

高校生のノルベール(マルク・エルネスト・フルトー)は友人への借金返済のため父親からお金を貰おうとするが断られ返せなくなり、その友人に相談する。友人は1枚の500フラン札をノルベールに差し出す。これは偽札で、ノルベールがこれを使い、お釣りで借金を返済いてくれればいいと持ち掛ける。彼らは写真屋に向かい、小さな額縁を偽札で購入し女主人(ベアトリス・タブーラン)からお釣りを貰う。この時の手やお金へのクロースアップが極めてブレッソン的だ。帰宅した写真屋の主人(ディディエ・ボーシイ)はレジに入っているのが偽札だと気づき妻を咎める。その後ガソリンの集金にやって来た店員イヴォン(クリスチャン・パティ)に写真屋の主人は偽札で支払い、イヴォンはそれを知らず昼食代としてカフェで支払おうとする。偽札に気づいたカフェの店主と揉め、警察に通報されてしまう。イヴォンは無実を証明しようと写真屋に警察官とやって来るが、主人は彼に見覚えはないと突っぱねる。若い妻エリーズ(カロリーヌ・ラング)と幼い娘のいるイヴォンは写真屋の若い店員リュシアン(ヴァンサン・リステルッチ)の偽証によって有罪になってしまう。執行猶予となったイヴォンは失職し銀行強盗の運び屋などをするが再び捕まってしまい、刑務所に3年入れられることになる。

 

Largent_TV5MONDEapac_3

 

一方、主人に頼まれて偽証をしたリュシアンは写真屋のカメラの値札を張り替えて、差額分を自分の懐に入れているのがばれてクビになる。写真屋を後にするとき彼の手には店と金庫の鍵のコピーが握られていた。

1枚の偽札によって人生が狂ってしまった2人の若者、彼らは刑務所内で出会うことになるが片方は脱獄をしようとし、もう一方はじっと刑期を終えるのを待っている。そして解き放たれた時、世の中に復讐するかのように暴力が炸裂する。

 

Largent_TV5MONDEapac_4

 

もちろんブレッソン映画なので直接的な暴力をカメラが収めることはほとんどない。せいぜい殴打された者の手にあるコーヒーカップのコーヒーの揺れや血まみれになった手を洗い落とす描写で表現される程度だ。だからこそ観る者は想像力を掻き立てられ、観終わった後、惨劇を目の当たりにしたかのような気にさせられる。あたかも感情的なこと重要なこと、衝撃的なことはカメラに収めないと宣言しているかのような画作りは、何度も大写しになるお金と対をなす。刑務所で「おお、金よ、目に見える神」と言う受刑者がいるが、映画を通して観ると、お金というものが偽りの神であると言っているかのようである。

Category
Teaser
偽札、または偽りの神
Introduction

偽札、または偽りの神